歌手のクミコさん

1982年6月、シャンソニエの老舗「銀巴里」にて「高橋久美子」としてプロデビューし、2000年以降は「クミコ」として「愛の讃歌」などのヒット曲で知られています。
今回はクミコ(歌手)は旦那とは離婚済みで現在は結婚していない!年齢や家族も調査!
という事で、クミコさんの結婚や相手の旦那さん、家族について情報をまとめました。
クミコ(歌手)のプロフィール!
まずはクミコさん自身についてご紹介します!
歌手・クミコは、かつてシャンソニエの老舗「銀巴里」で活躍!
クミコさんは多くの人を引き込む情感豊かな歌声で知られています。

そんなクミコさんのプロフィールは次の通り。
生年月日…1954年9月26日
年齢…70歳(2025年2月時点)
血液型…B型
出身地…茨城県水戸市
出身校…埼玉県立春日部女子高等学校、早稲田大学教育学部
所属事務所…プエルタ・デル・ソル
所属レーベル…日本コロムビア
受賞歴…第13回岩谷時子賞・特別賞
クミコさんは1982年6月、27歳だった時にシャンソンの老舗喫茶「銀巴里」(銀座/1990年閉店)のオーディションに合格し、プロ歌手として活動を開始。

1999年にクミコさんの歌声を聞いた作詞家の松本隆(まつもとたかし)さんに、

あなたの歌声には言霊がある
と、言わしめたのだとか。
松本隆さんはクミコさんのプロデュースを申し出るとともに、



別れた亭主の名前をいつまでも付けているから売れない
と、当時「高橋クミコ」として活動していたクミコさんに助言。
その言葉を受け元夫の姓を取り、「クミコ」として2000年にアルバム「AURA」をリリースしました。
2002年以降は「わが麗しき恋物語」を通じてファンが拡大。
2010年12月には初めてNHK紅白歌合戦に出場し、「原爆の子の像」のモデル・佐々木偵子さんや平和への想いを綴った楽曲「INORI~祈り~」を歌唱。


2011年3月11日に発生した東日本大震災では、コンサートで訪れていた宮城県石巻市にて被災し、以降は復興支援活動にも積極的に取り組んでいます。
また、近年は歌手活動の傍ら高齢の両親の介護にまつわるエピソードも発信し、特に同世代からの支持を集めています。
精力的な歌手活動とともに、私生活での出来事にも注目が集まっているんですね。
この記事では、そんなクミコさんの元夫についても調べてみました!
クミコ(歌手)は旦那とは離婚済み!
クミコさんの元夫に関する情報を調べました!
クミコは離婚していて現在は独身!
クミコさんは、
と、公表されています。
時期としては、1980~1981年に結婚・1987~1988年頃に離婚、ということになりますね。
元夫に関する情報の多くは不明ですが、姓が「高橋」であることは前項でご紹介したエピソードから明らかになっています。
また、クミコさんは元夫との出会いや暮らしぶりについて次のように明かしていました。
その後間もなく友人がバンドから抜けたため、クミコがボーカルを担当
バンドは解散したが、ギターを担当していた男性とクミコは歌の夢を諦めなかった
2人で仕切り直すこととなり、私生活でも結婚することになった
結婚生活は収入がないために苦しかった
クミコはピアノの弾き語り、元夫はレコード屋のアルバイトをしていた
シャンソン喫茶「銀巴里」のオーディションで歌った曲は、元夫のオリジナル曲だった
クミコさんは結婚生活を振り返り、



当時は夢をパンにして生活していましたね。
と、生活に苦慮したと語っていました。
「銀巴里」で歌う場所は確保できても、収入は微々たるもので暮らしぶりは大きくは変わらなかったと見られます。
離婚の原因についても定かではありませんが、
離婚したと見られる1987~1988年頃から、クミコの活動の場が拡大
そのため、クミコさんのために曲を書いていた夫との活動方針の相違や、生活苦が離婚理由となった可能性が考えられますね。
なお、クミコさんはこれまでにお子さんが生まれたかどうかは言及されていません。
生活苦にあったことや言及していないことを踏まえると、クミコさんと元夫の間には子どもがいない可能性が極めて高いと言えそうです。
クミコ(歌手)の両親や家族もまとめた!
クミコさんの家族についてご紹介します!
クミコの家族は両親のみで、兄弟姉妹はいない
クミコさんの家族についても調べてみたところ、
と、いうことがわかりました。
ご両親は2025年2月時点で90代後半と高齢ですが、2人とも健在。
父親は施設に入所していますが、母親は1人暮らしでクミコさんがお世話をしに行っているのだそう。
そんなご両親に関する情報やエピソードをご紹介します!
クミコの父親は元技術者で子どもの自主性を尊重していた!
クミコさんの父親はSNSにて横顔のみ公開されていました。


父親は1928年(昭和3年)生まれで、2025年に97歳を迎えます。
父親は学生時代、絵をかいたり読書をしたりするのが好きな文系タイプだったものの、現役時代は東京の製薬会社で製造設備を設計する技術者として活躍。
自ら望んだ職業ではなかったらしく、一人娘のクミコさんの自主性をとても大切にしてきたのだそう。
大学卒業後に歌手になりたいとクミコさんが言った際、父親は、



好きなことをしろ
と、一言伝えただけで、反対しませんでした。
そして、昭和一桁生まれの父親がよく言いそうな、「就職しろ」「結婚しろ」「孫の顔が見たい」の3つは一切言わなかったそうです。
さらに、クミコさんが離婚して実家に帰った際には、父親は満面の笑みで出迎えてくれたのだとか。
その理由を尋ねると、



結婚式の時、別れた(クミコの)夫の父親にへりくだってお酒をついだのが屈辱的だった



それが忘れられず、巡り巡って元夫のことがずっと気に入らなかった
と、父親は明かしました。
体裁を気にしたり夫の親族を立てろと言われたりする時代に、父親は現代に近い感覚で元夫や親族に嫌悪感を抱いていたんですね。
そんな父親も体力が衰え認知症を発症し、2021年12月には膀胱がんの手術を受けることに。
手術の影響でクミコさんの介護負担が増したため、父親は老人ホームに入所。
クミコさんは3日に1回は様子を見に行くものの、
会社にいると思っていることもある
寂しくて会うたびに泣いている
と、父親は認知能力の低下とともに不安感も増しているとのこと。
2025年2月9日のブログでは、脚がかなり不自由になっていることも明かされていました。
クミコさんが父親と過ごせる時間が確実に短くなっていく中で、残された時間をいかに過ごしていくのか、ブログではクミコさんが日々葛藤している様子が窺えます。
クミコの母親は近くで1人暮らしをしている
クミコさんの母親に関しても、SNSで後ろ姿のみ公開されていました。


写真が撮られた当時も90代ですが、キッチンに立っておられたんですね・・・!
クミコさんによると、
とのことで、父親と同じ1928年(昭和3年)の4月生まれだと判明。
母親もひとりっ子のクミコさんを愛情いっぱいに育ててくれたのだそう。
クミコさんの介護生活が始まったのは、
と、明かされています。
クミコさんは、



今まで私を愛してくれた分、両親を愛していこうと思います
と、語る通り、献身的に両親を介護。
家事を担っていた母親に代わって、両親宅の家事を引き受けてきました。
父親が老人ホームに入ってからも母親のもとには毎日通っているものの、仕事の都合によっては看護師に任せているとのこと。
2025年2月25日のブログでは、テレビから流れてくる「天気をお伝えします」との音声に、



はい
と、答える母親が可愛くて可笑しいとクミコさんは綴っていました。
もちろん介護は辛いことや頭にくることもたくさんあるでしょう。
しかし、クミコさんが両親に尽くせるのは、今まで両親がくれた愛情と同じかそれ以上に大きい愛情を抱いているからなのでしょうね。
まとめ
今回はクミコ(歌手)は旦那とは離婚済みで現在は結婚していない!年齢や家族も調査!
という事で、クミコさんの結婚や相手の旦那さん、家族についての記事をお届けしました。
- クミコはシャンソニエの老舗「銀巴里」で歌手デビューした!
- クミコと元夫はバンドを通じて出会い、生活は苦しくその後離婚した
- クミコの両親はいずれも2025年で97歳を迎えるが今も健在!
以上の内容がわかりました。
最後までお読みいただきありがとうございました。