「失楽園」の大ヒットから30年近くたった今も、第一線で活躍する黒木瞳(くろきひとみ)さん。
2026年10月5日に66歳の誕生日を迎え、最近は映画の監督としても作品を発表しています。

そんな黒木さんの旦那さんは、元電通マンの伊知地俊夫さんです。
結婚から35年近くがたち、旦那さんは今、キャスティング会社の社長を務めています。
ここでは旦那さんの経歴や家系、CMの撮影から始まった馴れ初め、一人娘さんにまつわる話までまとめていきます。
黒木瞳の旦那・伊知地俊夫は元電通の役員!今はキャスティング会社の社長
黒木瞳さんが結婚したのは、宝塚を退団して6年ほどたった1991年のことです。
結婚の年は1990年とする資料もあり、入籍した日は公表されていません。
選んだ相手は、広告の仕事で知り合った同い年の会社員・伊知地俊夫さんです。
伊知地俊夫のプロフィール

- 名前:伊知地俊夫(いちじとしお)
- 生まれ:1960年ごろ(黒木さんと同い年と言われています)
- 出身:大阪府と言われています
- 学歴:早大の政経学部卒という説があります
- 経歴:1984年入社の元電通マン。最後は電通東日本の副社長
- 今の肩書き:ポケット株式会社の社長(2024年1月就任)
読み方はネットだと「いぢち」が多いものの、ポケットのサイトには「いちじ」とふりがなが付いています。
ちなみに黒木さんの本名は伊知地昭子さんで、旧姓は江上です。
学歴や出身地は、ネットで広く出回っている情報で、本人たちが公表したものではありません。
関西支社のCM担当から電通東日本の副社長に
伊知地さんは1984年に電通へ入り、最初は関西支社のクリエイティブ局で働いていました。
その後は営業の部署へ移り、東京本社では局長まで務めています。

最後の役職はグループ会社・電通東日本の取締役副社長で、2023年12月に退いています。
局長まで上り詰める人は同期でもひと握りと言われ、年収は1500万〜2000万円ほどだったという見方もあります。
2024年1月からポケット株式会社の社長に
副社長を退いた翌月の2024年1月、伊知地さんはポケット株式会社のトップに迎えられました。

ポケットは、広告や映画、テレビのキャスティングと、タレントのプロモーションを手がける会社です。
2026年11月に会社のサイトを見ても、社長の欄には伊知地さんの名前がありました。
紹介ページは本人の写真ではなく似顔絵ですが、柔らかい雰囲気の方なのでしょうね。
旦那の写真は?高身長でイケメンという声も
伊知地さん自身は裏方の人なので、テレビや雑誌に顔を出したことはありません。

ただ、夫婦で写っているとされる写真がネットに出回っていて、「背が高くて整った顔立ち」と話題になりました。
娘さんのバレエの舞台を、夫婦そろって見に来ていたという目撃談も出ました。

黒木さんと並んでも見劣りしない、品のある男性という印象を持った方が多いようですね。
旦那の家系がすごい!曽祖父は頭山満で、DAIGOとも遠い親戚
伊知地さんの名前で検索すると、「家系」という言葉が一緒に出てきます。
それは、旦那さんの先祖に歴史の教科書に出てくるような人物がいるためです。
旦那の曽祖父は明治の思想家・頭山満

黒木さんの著書や2016年8月の朝日新聞では、旦那さんの曽祖父は頭山満と紹介されています。
旦那さんの父方のおばあさんが、頭山満の娘にあたるそうです。
頭山満は明治から昭和にかけて活動した思想家で、玄洋社の中心人物として知られています。
黒木さんと同じ福岡県の出身というのも、ちょっとした縁を感じますね。
外交官や大企業の役員を何人も出した一族だ、と書くサイトもありますが、本人たちの口から出た話ではありません。
薩摩藩士・伊地知正治の末裔という説も

もう一つ、よく見かけるのが「伊地知正治の子孫」という話です。
伊地知正治は戊辰戦争で活躍し、明治維新の後に伯爵になった人物です。
ただ、名字の漢字は「伊地知」と「伊知地」で違っていて、つながりを示す資料は見当たりませんでした。
末裔説は名字の響きが似ていることから広まったのかもしれず、信じすぎない方がよさそうです。
テレビの企画でDAIGOと25親等の親戚と判明
家系の話がテレビで取り上げられたのは、日本テレビ系の特番「はじめまして!一番遠い親戚さん」の2021年2月23日の回です。

番組で家系図をたどったところ、黒木さんとDAIGOさんは25親等の遠い親戚だと分かりました。

DAIGOさんは竹下登元首相の孫なので、「やっぱり華麗なる一族」という声が上がりました。
このほか、嘉納治五郎や灘の酒造家、松任谷正隆さん・由実さん夫妻の名前を挙げるサイトもあります。
ただ、当時の報道で裏づけが取れたのはDAIGOさんとのつながりだけでした。
黒木瞳と旦那の馴れ初めは大阪ガスのCM!FAXのやり取りから交際へ
出会いは1990年ごろで、黒木さんは映像の仕事を本格的に増やしていた時期でした。

黒木さんが出演した大阪ガスのCMを、電通関西支社にいた伊知地さんが担当していました。
同じころ、黒木さんは花王「リゼ」のCMにも出ていて、黒髪の上品な姿が印象に残っている方もいるのではないでしょうか。

最初の印象は「この人、私のこと嫌いなんだ」
伊知地さんの第一印象は、決して良いものではなかったそうです。
CMを作る側なのに、撮影現場で黒木さんのセリフの言い方に何度も注文をつけたのだとか。
「この人、もしかしたら私のこと、嫌いなんだな」と感じていたと、黒木さんはのちに振り返っています。
それでも黒木さんは、言われたとおりに演じてみようと仕事に向き合ったそうです。
イベントで再会したときも、わざわざ正面に座ってナポリタンをすする伊知地さんに、「この人とだけは結婚しない」と思ったのだとか。
ワイシャツにソースが飛ばないか、ハラハラしながら見ていたそうですよ。
マネージャー経由でFAX番号を教わり文通に
実はこのころから、伊知地さんは黒木さんに惹かれていました。
とはいえ本人には切り出せず、まず味方につけたのが黒木さんのマネージャーでした。
事務所に「瞳ちゃんの電話番号を教えてほしい」と頼んだそうです。
マネージャーから話を聞いた黒木さんは、笑いながら「FAXの番号ならいいよ」と答えました。
最初に届いたFAXは、「全く興味ない」「少しは興味ある」から選ばせる、プレゼン資料のような中身だったのだとか。
どれにも丸はつけずに、黒木さんは「ゆっくりおやすみなさい」とだけ書いて送り返したそうです。
そんなやり取りが続くうちに、「一度食事でも」という流れになり、交際が始まりました。
「東京に転勤になったら考えてあげる」
付き合い始めてからの伊知地さんは、会うたびに「結婚したい」と口にしていたそうです。
黒木さんは最初、本気にしていなかったものの、人生で初めて言われた言葉に気持ちが動いていきました。
根負けした黒木さんが出した答えは、「東京勤務になったら考える」という条件つきのOKでした。
それから半年ほどで、本当に伊知地さんの東京への異動が決まりました。
出会ってから約1年でのスピード婚だったそうです。
結婚の決め手は「素の自分でいられること」
黒木さんは、結婚を決めた理由として次のようなことを挙げています。
- 3度目に会ったころには「今までの恋とは違う」と直感した
- 一緒にいても我慢や窮屈さを感じなかった
- 自分をよく見せなくても、喜怒哀楽をそのまま出せた
人前ではいつも「女優・黒木瞳」でいなければならない分、肩の力を抜ける相手が何より大事だったのでしょうね。
結婚式や結婚指輪は公表されていない
結婚式の写真や、指輪のデザインについては、黒木さんも明かしていません。

披露宴をテレビで生中継するスターも珍しくない時代でしたが、黒木さんは家庭のことをほとんど表に出してきませんでした。
ドレス姿の写真は撮影の仕事で着たもので、ご本人の結婚式のものではありません。
「打算で結婚した」という噂は本当?

黒木さんの結婚には、「エリートの電通マンを選んだ打算婚」という心ない声もありました。
ただ、二人が付き合い始めたとき、伊知地さんは役職のない若手社員でした。
FAXのやり取りから少しずつ距離を縮め、35年近く連れ添っている二人を見ると、損得で選んだとは思えませんよね。
黒木瞳の子供は一人娘!1998年に37〜38歳で出産
黒木さん夫婦の間には、1998年に娘さんが一人生まれています。
結婚から7年目で、誕生日の前か後かによって黒木さんが37歳か38歳のときの出産でした。
妊娠会見で「女の子なら宝塚に入れたい」

子供はなかなか授からず、妊娠が分かったときの会見では「諦めていただけに」と声を弾ませていました。
さらに、「女の子ならぜひ宝塚に入れたい」とも語っていました。

黒木さんは入団してすぐ大地真央さんの相手役に選ばれ、2年目で月組のトップ娘役になった方です。
宝塚への思いが強いのも、うなずけますね。
出産から1か月半で仕事に戻ったという話も
出産のころ、黒木さんには撮影の予定が入っていたそうです。
この作品は映画「失楽園」だったと書くサイトが多いのですが、「失楽園」の公開は1997年5月で、1998年の出産より前なので時期が合いません。
産後すぐに撮影に入るつもりでいたものの、実際は体がつらく、娘さんと離れたくない気持ちも強かったそうです。
「想像したより体はしんどいし、娘がすごく可愛かった」と、当時の気持ちを話しています。
本音を言えば、仕事より娘さんのそばにいたかったのでしょうね。
悩んだ末に、出産から1か月半ほどで撮影に戻ったと言われています。
迷っていた黒木さんの背中を押したのは、三ヶ島葭子という大正の歌人が詠んだ一首でした。
「子のために ただ子のためにある母と知らば 子もまた寂しかるらむ」という歌を読み、仕事を続けながら子育てをすると決めたそうです。

2008年には「ベストマザー賞」も受けていて、そのときは「私はパーフェクトママじゃないので」と照れていました。
娘の名前や学校は?ネットの噂
娘さんは芸能活動をしておらず、黒木さんも名前や写真を出したことはありません。
名前は「萌子さん」、学校は青山学院に幼稚園から通っていた、という情報がネットに出回っています。
どれも本人や事務所が明かしたものではないので、噂の一つとして受け止めておくのがよさそうです。

ネットで「娘さんの写真」として広まった一枚もありますが、写っているのは元宝塚の映見くららさんです。
観劇サイトに載っていた映見さんの写真が、なぜか娘さんの写真として広まってしまったようです。

小学生のころには家庭教師がついていて、その一人が東大在学中の山口真由さん(のちの弁護士)だったとも言われます。
君島十和子とバレエをめぐって不仲説が出た

娘さんが幼いころに習っていたと言われるのが、タカラジェンヌを何人も出している松山バレエ団です。
同じスタジオには、美容家として知られる十和子さんの上の娘さんの姿もあったそうです。
2003年ごろには、「くるみ割り人形」の発表会で主役の座を争い、結局は2人が日替わりで演じたと週刊誌に書かれました。
ただ、君島さんは2017年9月放送の「快傑えみちゃんねる」で、黒木さんとの不仲説を「何も根拠がない」と否定しています。
長年言われてきた「犬猿の仲」は、週刊誌が作った話だったと見てよいのではないでしょうか。

ちなみに君島さんの長女は、2014年に宝塚音楽学校に合格しています。
娘は宝塚を受験した?海外の高校へ進んだという話も
黒木さんの娘さんが宝塚を受けられるのは、年齢でいうと2013年から2017年ごろでした。
ただ、合格者の中に娘さんらしき名前は見当たらず、受験したかどうかも分かっていません。

高校からはアメリカに渡り、慶應のニューヨークの学校を経て大学も慶應へ、という説がよく語られています。
こちらも公表された話ではなく、確証はありません。
今の娘はアラサー!母を気づかう優しい一面
娘さんは1998年生まれなので、誕生日によって2026年11月時点では27歳か28歳になります。
親子の今が少し見えたのは、2021年12月に出た美容誌「美ST」のインタビューでした。
働く黒木を気遣う娘から、サプリメントや葛根湯を手渡されたりしていると、これまで明かされることのなかった母娘交流を明言。
「友だち親子という関係は好きじゃなくて、お互いに甘えることはあっても、私は母親という距離感は保っています」
NEWSポストセブン 2021年12月12日
忙しいお母さんの体を気づかって、サプリや葛根湯を渡してくれる娘さんなのですね。
「友だち親子にはならない」という線引きにも、黒木さんらしさが出ています。

2012年の「大物女優の娘」いじめ報道とは?
黒木さんの娘さんについて調べると、2012年の週刊誌報道が必ず出てきます。
ここでは、何が報じられ、何が分かっていないのかを順番に見ていきます。
都内の名門中学で起きたとされる事件

2012年8月、女性セブンと週刊文春が、都内の私立中学で起きたいじめ事件を相次いで報じました。
記事によると、同年5月、2年生の女子生徒たちが男子生徒に頼んで、別の女子生徒に嫌がらせをさせたとされています。
嫌がらせの動画が生徒の間で回り、被害生徒の親が学校へ乗り込んだことで明るみに出た、という内容でした。

週刊誌は、指示をした女子生徒の一人を「大物女優Kの娘」と書きました。
学校は男子生徒1人を退学にした一方、女子生徒側は停学で済ませたとされ、これに納得しない親もいたと書かれています。
黒木瞳の娘とされた理由
記事に黒木さんの名前は出ていません。
それでも「黒木瞳の娘では」と言われたのは、次のような点が重なったためです。
- 「大物女優K」というイニシャル
- 娘さんの在籍先がその中学だと噂されていたこと
- 2012年夏のドラマ「GTO」で、黒木さんが学校の理事長を演じていたこと

ドラマのテーマにいじめが含まれていたため、「途中で降りることになるのでは」と書き立てたメディアもありました。
しかし黒木さんは会見もコメントも出さず、ドラマにも最後まで出演しています。
寄付金や保護者トラブルの噂は確証なし

この報道のあと、ネットでは「多額の寄付金で処分を軽くしてもらった」「テレビが報じないのは旦那が電通だから」といった話まで広がりました。
運動会や参観日での振る舞いが保護者の反感を買い、それが週刊誌へのリークにつながったという話もあります。
ただ、こうした話はどれも匿名の関係者の話やネットの憶測で、裏づけのあるものは見当たりません。
そもそも週刊誌の記事自体が、加害者とされた生徒を名前で特定していないのです。
当時の娘さんは中学生で、本人も家族も何ひとつ認めていません。
名前の出ていない未成年を周りが決めつけて広めるのは、娘さんにもご家族にも失礼な話ですよね。
黒木瞳と旦那の今は?結婚35年でも離婚の報道はなし
結婚から35年近くがたちましたが、黒木さん夫婦に離婚や別居の報道はありません。
2026年11月8日時点でも、離婚や別居を伝える報道は見当たりませんでした。
黒木さんは家庭のことを多く語る方ではありませんが、旦那さんは今も裏方として芸能の仕事に関わっています。
2026年は監督作をなら国際映画祭で初上映
2026年9月21日には、なら国際映画祭で黒木さんが共同監督したドキュメンタリーが初めて上映されました。
題材は、1985年の日航機墜落事故で亡くなった宝塚の同期で親友の北原遥子さんです。
御巣鷹山にどうしても登れなくて、見たくなくて、認めたくないっていう自分がいた。
デイリースポーツ 2026年9月21日
黒木さんは2025年8月、同期の仲間と初めて御巣鷹山に登り、北原さんの墓前で校歌を歌っています。
40年かけて向き合えた思いを、作品として残したのですね。
2026年11月20日公開の映画「月がみている」(渡辺淳一さんの小説「シャトウ ルージュ」が原作)では、主人公・月子の母親役を演じています。
「失楽園」で渡辺作品のヒロインを演じた黒木さんが、今度は親の世代を演じるというのも感慨深いですね。
まとめ
最後に、黒木瞳さんの夫婦と家族について分かったことを振り返ります。
- 旦那は元電通の伊知地俊夫さんで、1991年(1990年説も)に結婚
- 伊知地さんは電通東日本の副社長を経て、2024年1月からキャスティング会社・ポケットの社長
- 旦那の曽祖父は思想家の頭山満で、DAIGOさんとは25親等の遠い親戚
- 薩摩藩士・伊地知正治の末裔という説は、漢字も違い確証なし
- 馴れ初めは大阪ガスのCM撮影で、マネージャー経由のFAXから交際に
- 「東京に転勤になったら考える」という約束どおり、出会って約1年で結婚
- 1998年に一人娘が誕生し、出産から1か月半で仕事に戻ったと言われている
- 娘の名前や学校は公表されておらず、出回った写真は元宝塚の映見くららさん
- 君島十和子さんとの不仲説は、君島さんが2017年に「根拠がない」と否定
- 2012年の「大物女優の娘」いじめ報道は、名前が出ておらず確証のない話
- 2026年11月時点でも離婚や別居の報道はなく、黒木さんは監督作を発表
最後までお読みいただきありがとうございました。