お笑いタレントで司会者のタモリさん。

32年の長寿番組「笑っていいとも!」や「ミュージックステーション」の司会でおなじみですよね。
今回はタモリの奥さん・井手春子の現在の顔写真は?妻との馴れ初めや病気に子供も調査!
という事で、タモリさんの結婚や奥さん、子供について情報をまとめました。
タモリの結婚相手はどんな人?
タモリさんは、売れる前の1970年に結婚しています。
具体的な入籍日は公表されていませんが、芸能界デビューより前から家庭を築いていたことになります。
まずは、タモリさんの結婚相手・井手春子さんがどんな女性なのか、わかっている範囲の情報を整理して見ていきましょう。
井手春子の顔画像や名前、職業は?
タモリさんの妻である井手春子さんは、芸能活動をしていない一般女性です。
①井手春子のプロフィール
これまでに報じられている井手春子さんのプロフィールを、簡単にまとめました。
- 名前:井手春子(いではるこ)
- 生年月日:1943年頃とみられる
- 出身:福岡県うきは市吉井町
- 年齢:81歳前後(タモリさんより2歳年上)
- 性格:おっとりして控えめ
- 職業:朝日生命セールスレディ→タモリの個人事務所社長
- 結婚時の年齢:タモリ25歳、井手春子27歳
②井手春子の顔写真
井手春子さんが初めて報道陣の前に姿を見せたのは、1981年と言われています。

所ジョージ夫妻の結婚式では、夫婦そろって仲人を務めたことでも知られています。

右端の女性が井手春子さんとされています。
当時は、タモリさん36歳、井手春子さん38歳の頃の写真と伝えられています。
こちらは、「週刊女性」1982年6月15日号に掲載された夫婦ショットです。

タモリさんを柔らかい表情で見つめるまなざしが、とても印象的ですよね。
さらに、2022年4月に女性セブンに掲載された最新ショットも話題になりました。

当時79歳とは思えないほど若々しく、上品で落ち着いた雰囲気が伝わってきますよね。
なお、ネット上では若い頃の夫婦写真として出回っている画像の中には、実際には赤塚不二夫さんと児島美ゆきさんの写真だったものもあります。

左の男性は眼帯をしているためタモリさんに見えますが、別人だとされています。
また、明石家さんまさんは井手春子さんについて、オスカー女優のフェイ・ダナウェイに似ていると語ったこともあるそうです。

顔立ちの彫りの深さや雰囲気が、どことなく通じるところがありますよね。
井手春子はどんな人?
大物タレントの妻という立場でありながら、井手春子さんはおっとりしていて口数が少なく、控えめな性格だと伝えられています。
ブランド品や高級品にもあまり執着がない、素朴なタイプだといわれており、「いかにも芸能人の妻」という派手さはまったく感じさせません。
タモリさんと親交の深いフリーアナウンサー・上柳昌彦さんも、井手春子さんについてこう語っています。

「タモリの夫人ということで特別なイメージを持たれがちだが、実際はごく普通の人」なのだそうです。
芸能界という華やかな世界にはあまり興味がなく、タモリさんの仕事にも基本的に口を出さないスタンスを貫いているとも言われています。
帰宅が遅くなっても文句を言わず、仕事面に一切干渉しないことでタモリさんを支え続けてきたというエピソードもあるほどです。
売れるまで定職に就けなかった時期も長かったタモリさんを、長年陰で支えてきたのが井手春子さんで、今でも頭が上がらない存在だと言われています。
鼻フックフラメンコ事件
タモリさんの付き人兼運転手を務めていたのが、お笑いコンビ「イワイガワ」の岩井ジョニ男さんです。

ある日、岩井ジョニ男さんは恋人のあけみさんと一緒にタモリさんの自宅を訪れ、結婚式の仲人をお願いしたそうです。
めでたい席ということで、タモリさんは昼間からお酒を飲み、酔いが回るにつれてあけみさんにちょっかいを出し始めたのだとか。

あけみちゃ~ん、結婚するの~?
と甘えたように絡み続けた結果…。
あまりのしつこさに、ついにあけみさんが激怒。
タモリさんの鼻に二本指を突っ込み、「タモリ、しつけーんだよ!」と呼び捨てで怒鳴ったといいます。
ところがタモリさんは、なぜかそのままあけみさんをリビングの中央に座らせて、その周りでフラメンコを踊り始めたのだとか。
そんな不可解な行動を見た井手春子さんは、
「あれは仲人OKというサイン」と冷静に分析し、そっと伝えたそうです。
一般人には理解しづらいタモリさんの言動も、長年連れ添った妻にはしっかり伝わっているという、夫婦ならではのエピソードですよね。
井手春子の内助の功
タモリさんが芸能界で「好きなように仕事ができる」のは、井手春子さんの尽力あってこそと言われています。
①個人事務所の社長
1982年、「笑っていいとも!」がスタートしたタイミングで、タモリさんは個人事務所を設立しました。


その個人事務所で社長を務めたのが井手春子さんです。
タモリさんに芸能の仕事へ集中してもらうため、金銭管理やスケジュールの裏方業務を一手に引き受けていたと報じられています。
タモさんがあんなにやりたい放題できたのは、奥さんの存在があったからなんです。
タモさんはいつも“カミさんには頭が上がらない”って話してますよ。
引用:https://www.news-postseven.com/archives/20140404_249820.html?DETAIL
と、芸能関係者も内助の功の大きさを語っています。
②五時半に起きて朝食づくり
井手春子さんは、タモリさんの仕事に合わせて毎朝5時半に起床し、朝食を準備していたとも報じられています。
そのおかげで、タモリさんは「笑っていいとも!」を32年間、一度も遅刻せずに務め上げたと言われているんです。


国民的長寿番組となった背景には、毎朝同じリズムで支え続けた妻の存在があったと見る向きも多いようです。
井手春子は「エホバの証人」信者?
インターネット上では、井手春子さんが「エホバの証人」の信者だという噂も出回ったことがあります。
噂の発端は、「エホバの証人」に「タモリ兄弟」という名の信者がいたことから、「タモリ」と「宗教」が結びついてしまったためのようです。
しかし、この「タモリ兄弟」とタモリさん夫妻は無関係とされています。
この情報だけが独り歩きし、「タモリさんの妻がエホバの証人」と誤解されてネットで広がってしまったようですね。
そもそもタモリさん自身、宗教には否定的な発言をしていることで知られています。
そのため、この宗教に関する噂はガセネタと見てよさそうです。
福岡県うきは市出身
井手春子さんは、福岡県うきは市吉井町の出身です。


そのつながりから、井手春子さんの小学校の同窓会が、タモリさんに「ふるさと大使」を依頼したというエピソードもあります。
ダメ元での依頼だったようですが、タモリさんは「いいとも!」のノリで快諾したそうで、妻の故郷との縁も大切にしている様子がうかがえますよね。
妻の地元とのつながりも含めて、夫婦でふるさとを大切にしている印象です。
タモリと結婚相手の馴れ初めは?
ここからは、タモリさんと井手春子さんがどのように出会い、結婚に至ったのかを見ていきます。
タモリと結婚相手の出会い、馴れ初めは?
意外かもしれませんが、タモリさん夫妻は同じ職場で出会った社内恋愛から結婚したカップルです。
タモリさんは朝日生命で保険外交員として3年間勤務していました。
そして、2歳年上の井手春子さんは、その朝日生命の先輩社員だったのです。
タモリさんが30歳で芸能界入りするまでに、いくつもの仕事を転々としていたのは有名な話ですよね。
①朝日生命の保険外交員だった
早稲田大学に進学して上京したタモリさんですが、学費未納が原因で大学3年時に抹籍処分となっています。
その後もモダンジャズ研究会のマネージャーとしてバンドの司会をこなし、かなりの収入を得ていた時期もありました。
しかし、祖母の死をきっかけに親族の勧めで福岡に戻り、面倒を見ることになりました。
そこで親族に半ば強引に朝日生命へ入社させられ、保険外交員として働き始めたのが、井手春子さんとの出会いにつながります。
タモリさんは保険外交員時代について、「よくしゃべりすぎて信用されなかった」と笑い話のように語っています。
ところが実際には、優秀者招待旅行のコンクールにたびたび入賞していたとも報じられており、仕事ぶりはかなり優秀だったようです。
社員旅行のバスでは、ニセ中国語で進行役を務めて場を盛り上げていたとも言われていて、この頃からお笑いの才能を発揮していたことがわかりますよね。
持ち前のトーク力とユーモアで、保険外交員としてもトップクラスの成績を残していたタモリさん。
そんな姿に、井手春子さんも自然と惹かれていったのかもしれません。
なお、1975年に30歳で芸能界入りするまでに経験した職業は、次の通りです。
- ボウリング場の支配人
- 旅行会社勤務
- 喫茶店のマスター(「変人マスター」として有名だった)
- ホテルのフロント
その後、ジャズピアニストの山下洋輔さんや漫画家・赤塚不二夫さんとの出会いが、芸能界入りの大きなきっかけになりました。
②結婚までの道のりは?
二人は朝日生命での勤務を通じて親しくなり、数年の交際期間を経て結婚に至ったとされています。
ただ、タモリさんはメディアで妻のことを語ることがほとんどなく、結婚までの細かなエピソードは公表されていません。
その背景には、
「自宅に仕事とセックスは持ち込まない。仕事に家庭は持ち込まない」
という、タモリさん独自の価値観があります。
プロポーズは?
「笑っていいとも!」増刊号で、タモリさんが自らプロポーズについて触れたことがあります。
三村マサカズさんが「テレビを見ながらプロポーズした」というエピソードを披露した流れで、石橋貴明さんから「タモリさんは?」と聞かれた場面です。



(プロポーズは)した。(思い出は)まったくない。口頭で伝えたってのは覚えてる
とだけ明かし、詳しいシチュエーションは語りませんでした。
きらびやかな演出ではなく、ごく自然な流れの中でサラッとプロポーズしたのかもしれませんね。
結婚式は?
1970年、タモリさんが26歳の時に、福岡県の住吉神社で挙式を行いました。


和装姿のタモリさんと井手春子さん、とてもお似合いですよね。


披露宴は焼き肉店「敦煌」で行われたとされています。
なお、タモリさんは過去の27時間テレビで、
「披露宴などのセレモニーはあまり好きではない」
と公言していました。





(結婚式の)偽善的な雰囲気が嫌なんだよ
少しシニカルで独特な結婚観を持っているタモリさんらしいコメントですよね。
居候時代
タモリさんには、売れない時代に居候生活を送っていた時期がありますが、そのときも井手春子さんはそばにいました。
①赤塚不二夫宅に居候
1975年頃、新宿・歌舞伎町の酒場で宴会芸を披露していたタモリさんを、漫画家の赤塚不二夫さんがスカウトしました。


その後、赤塚不二夫さんの自宅に約1年間居候することになります。
赤塚さんはアトリエにこもって漫画を描いていたため、目白のマンションを用意してタモリさんを住まわせ、
ベンツのスポーツカーを貸したり、お酒やお小遣いを渡したりしていたという豪快なエピソードも残っています。
「地元(福岡)にはしばらく帰るな」とまで言われ、芸人として売り出そうとしていたことが伝わってきますよね。
そこまで言われるんだったらいいですよって。その時はもう結婚してました。
仕事はやめて、居候して。後半は何カ月か夫婦で居候してたんですよ。
引用:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2022/10/22/kiji/20221022s00041000330000c.html#goog_rewarded
途中からは福岡に残っていた井手春子さんも合流し、夫婦で赤塚さんのマンションに居候していたことがわかります。
②写真家・浅井慎平のスタジオに居候
写真家の浅井慎平さんの撮影スタジオに居候していた時期もありました。
1957年、浅井慎平さんは「キッドナップ・ブルース」という映画を制作し、主演はタモリさんが務めました。


さらに、1974年には「キッドナップ・ブルース」の音楽を手がけた山下洋輔さんが福岡でタモリさんと出会い、その面白さから東京に呼び寄せたとも伝えられています。
「伝説の九州の男・森田を呼ぶ会」のカンパで、1975年6月に上京したタモリさんは、浅井慎平さんのスタジオにも居候していました。
このときも井手春子さんは一緒に暮らしていたとされ、売れない時期から二人三脚で支え合ってきたことがうかがえますよね。
③妻への感謝
タモリさんは、厳しい下積み時代を振り返って、次のように語っています。
とにかくやってきたんですが、結果が出ずに自問自答し、あきらめそうになったことは、何回もありました。
本当に世間知らずで、すぐテレビに出て売れると思っていたんですよ。
ずっと専業主婦として寄り添ってくれた嫁には、感謝しかありません。
引用:https://petitwings.com/archives/10587
波乱万丈な人生を歩むタレントをそばで支え続けるのは、想像以上に大変なことですよね。
タモリの結婚観
タモリさんは、辞書の語釈を考える企画で「結婚」という言葉について、独自の定義を披露しています。



愛で始まり、やがて憎悪に変わり、感謝で終わるもの
この一言だけでも、結婚生活の複雑さをよく見ていることが伝わってきますよね。
さらに、2015年放送の「ヨルタモリ」では、結婚に対する持論をよりストレートに語っています。


- 結婚は一種の狂気
- 何億人もの女性からたった一人を選ぶなんて、狂気でしかない
- 冷静に考えると、あれほど不思議なものはない
長年結婚生活を続けてきたからこそ出てくるリアルな言葉で、独特ながらもどこか納得感がありますよね。
「笑っていいとも!」終了の理由と妻の病気
32年間続いた「笑っていいとも!」終了の背景には、井手春子さんの体調不良があったと報じられています。
①井手春子の体調不良
タモリさんの知人によると、
A子さんは両親の介護の問題があり、実家の福岡と東京を往復する生活を長年続けていました。ですが、2年ほど前から彼女自身も高齢ということもあって、体調を崩してしまうことが多くなったんです
引用:https://www.news-postseven.com/archives/20140404_249820.html?DETAIL
両親の介護負担なども重なり、井手春子さん自身も体調を崩すことが増えていったようです。


近所の方によると、以前はスーパーで買い物をする姿も見られたものの、最近は行きつけのレストランにデリバリーを頼むことが増えたと言います。


また、目の調子が悪く、都内の大学病院の眼科に通っているとも報じられています。
その影響から、一人で外出することも少なくなってきたといわれているようです。
タモリさんは、食欲が落ちた井手春子さんのために自ら朝食を作り、
「朝は一日の始まりだから、きちんと朝食をとらないといけない」
と言いながら、夫婦で朝ごはんの時間を大事にしているといいます。
②「笑っていいとも!」終了発表
2013年10月、タモリさんは突然「笑っていいとも!」の番組終了を発表しました。
タモさんはこれまで奥さんにたくさん苦労をかけた分、これからは妻のために生きようと決断したんです。
引用:https://www.news-postseven.com/archives/20140404_249820.html?DETAIL


また、しばらく行けていなかったお気に入りの中華料理店に、妻と一緒に行く約束をしていたという話もあります。
長年仕事一筋だった分、これからは夫婦の時間を最優先したいという思いが強くなったのかもしれませんね。
夢は妻と世界一周
結婚生活40年以上の間に、夫婦で出かけた旅行は国内旅行が数回程度といわれています。
「笑っていいとも!」は、月曜から金曜まで毎日12時から生放送というハードなスケジュール。
32年間司会を務めた結果、長期の海外旅行などはなかなか行けなかったようです。
そんなタモリさんの口癖が、
「おれは香港より西に行ったことがない」
という言葉でした。
「笑っていいとも!」終了時には、



妻を連れて行って見せたい景色がある
と話し、実際に井手春子さんと東アジア・香港を巡る2週間の旅に出たと報じられています。
さらに、最後の夢は、自分のヨットで井手春子さんと世界一周旅行をすることだと語ったこともあるそうです。
以前から、



(妻に)エーゲ海の夕日を見せてあげたい
と話していたとも伝えられていて、夫婦でゆっくり世界を巡るのが長年の夢のようです。
いつか本当に、ヨットでの世界一周が実現すると素敵ですよね。
タモリの終活と妻とのこれから
タモリさんは、長年の知人に対して、



いま終活中なんだよ
と語っていたそうです。


少しずつ仕事や趣味の領域を整理し、「店じまい」を進めていると言われています。
- 2014年3月、32年間続いた「笑っていいとも!」終了
- 2018年、10年間続いたヨットレース大会「タモリカップ」を終了
- 2023年4月、40年間続いた「タモリ倶楽部」を終了
- 2023年、北海道東川町で構想中の「KAGUデザインミュージアム」に、ジャズレコード約1万枚を寄贈すると発表
「笑っていいとも!」終了の理由の一つとしても、病気がちになった井手春子さんとの時間を増やしたいという思いがあったといわれています。
長年支えてくれた妻のために、これからの時間をどう使うかを真剣に考えていることが伝わってきますよね。
タモリの不倫疑惑と夫婦仲
「おしどり夫婦」として知られる一方で、タモリさんには過去に不倫疑惑が報じられたこともあります。
①クラブのひとみ
約30年前、青山にあった、ホステスが歌やダンスを披露するクラブに通っていたという報道がありました。
そこで働く20代半ばでスタイルのいい美人の“ひとみちゃん”という女性とタモリが深い仲になったことがあった。
仲間の間では公然の秘密だったのですが、バレて雑誌の記事に載りそうになった。その時、編集部に乗り込んで土下座して記事を差し止めたのが、事務所の社長でした
引用:https://www.asagei.com/excerpt/21989
タモリさんの所属事務所・田辺エージェンシーの社長である田邊昭知さんは、タモリさんにとって大きな恩人とされる人物です。
こうしたエピソードもあり、不倫報道との関係が噂されたこともありました。
②脚本家の中園ミホ
脚本家の中園ミホさんが、タモリさんの「最後の恋」の相手だと報じられたこともあります。


中園ミホさんは、大河ドラマ「西郷どん」などを手がけた人気脚本家として知られています。
東京・品川のある日の昼下がり。タモリの姿は、さる高級マンションにあった。エントランスを出たタモリは、建物の周辺を行き来し、ときにあたりを見回している。
尋常ではない警戒の様子だが、それもそのはず、このマンションは中園氏の自宅なのだ。
引用:https://hapiee.com/tamori#i-3
しかし、所属事務所の田邊社長は、この報道について「それ、事実じゃないと思いますけど」とコメントしています。


記事では、マンション周辺で周囲を警戒する様子などが詳細に書かれていましたが、ツーショット写真など決定的な証拠は出ていません。
そのため、あくまで週刊誌レベルの「噂」だったという見方が強いようです。
③40代の一般人女性
中園ミホさん以前に、40代の一般女性との交際疑惑も報じられましたが、こちらも詳細はほとんど明かされていません。
いずれの報道にしても、公式な認めるコメントや決定的証拠はなく、真偽不明の噂レベルにとどまっています。
タモリと結婚相手の子供は?
タモリさんと井手春子さんの間に、子供はいません。
タモリが子供を作らない理由
2014年4月10日号の女性セブンで、タモリさんが「子供を作らなかった理由」を語ったと報じられています。



自分が子供なので親父になる責任が持てなかった
と話したとされており、どこかタモリさんらしい自己分析ですよね。
ここからは、その発言の背景とされる出来事を見ていきます。
タモリは子供嫌い⁉
タモリさんはかつて、「笑っていいとも!」の生放送中に子供嫌いを公言したことがあります。


朝7時まで都内のゲイバーで飲み明かし、二日酔いのままスタジオ入りした日のこと。
「26才には見えないコンテスト」のコーナーで、4組の子連れファミリーが登場した際、
タモリさんは、



オレは子供がキライなんだ!気に入らねえな、この野郎!
と暴言を吐き、幼児の頬をつねったり頭を小突いたりしてしまったといいます。
慌てて審査員の林家正蔵さんが止めに入るほどの騒ぎになりました。
その後、読売新聞の投書欄には「許しがたい態度だ」とする抗議の声が21通も寄せられたそうです。
「笑っていいとも!」最終回のあいさつで、タモリさんが「32年間、フジテレビが守ってくれた」と深く感謝を述べていた裏には、こうした事件への後悔もあったのでは…と言われています。
タモリが多趣味だから
「タモリ倶楽部」では、タモリさんの異常なまでの多趣味ぶりが毎回のように取り上げられていました。


鉄道、坂道、地形、辞書、音楽、製麺機など、マニアックなジャンルの専門家を招き、ひたすら語り合うスタイルが人気でしたよね。
そのため、自分の趣味に費やす時間を削ってまで、子育てに向き合う覚悟が持てなかったのではないか、という見方も出ています。
不妊治療をしていた
一方で、テレビ番組「徹子の部屋」に出演した際、タモリさんは、
「かなり長い期間、不妊治療に取り組んだけれどうまくいかなかった」
と語っていたとも報じられています。


自分の手料理をたくさん食べてくれる息子が欲しかったとも語っており、その代わりに食べ盛りの若手芸人に手料理をふるまうのが楽しみだと話していました。
また、「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングに樹木希林さんが出演した回では、
タモリさんに子供がいないと知った樹木さんが「寂しいでしょう?」と問いかけ、
タモリさんは「ええ、毎日泣いてます」と冗談めかして返したというエピソードも残っています。
軽妙なやり取りの中にも、どこか本音がにじんでいるように感じる人も多かったようです。
その影響もあってか、タモリさんは草なぎ剛さんを本当の息子のようにかわいがっているとも言われています。
草なぎ剛との絆
タモリさんと草なぎ剛さんの間には、親子のような特別な絆があります。


草なぎさんは毎年のように正月にタモリ宅を訪れ、一週間ほど泊まることもあると言われています。
香取慎吾さんがタモリ宅を訪れた際には、草なぎさんが慣れた様子で座布団を出し、ごちそうの準備を手伝うなど、まるで家族の一員のように振る舞っていたというエピソードも。
あまりにも頻繁にタモリ宅に出入りしているため、タモリさん抜きでプライベートな友人と遊ぶこともあるほどだとか。


2015年4月から草なぎ剛さんが「ブラタモリ」のナレーションを担当したのも、タモリさんの強い推薦があったと言われています。
タモリさんにとって草なぎ剛さんは、息子のようでもあり、年の離れた弟分のようでもある存在なのかもしれませんね。
タモリに娘がいる説
ネット上では一時期、「タモリさんには実は娘がいる」という噂も流れました。
しかし、そのきっかけは、バラエティ番組「ヨルタモリ」でのキャラクター設定だったようです。


番組内でタモリさんは、「公務員の社長」という謎めいたキャラを演じ、その設定上「娘がいる」という話をしていたことがあります。
このキャラクター設定が一人歩きし、「実は本当の娘がいるのでは?」という噂につながってしまったようです。
実際には、公的な場で「子供はいない」と繰り返し語っており、娘がいるという情報はデマと見てよさそうです。
まとめ
今回はタモリの奥さん・井手春子の現在の顔写真は?妻との馴れ初めや病気に子供も調査!
というテーマで、タモリさんの結婚相手や夫婦のエピソード、子供の有無などを整理しました。
- タモリさんは25歳のときに、朝日生命で先輩だった井手春子さん(当時27歳)と結婚している。
- 井手春子さんは福岡県うきは市吉井町出身で、おっとりして控えめな性格の一般女性。
- 朝日生命のセールスレディを経て、タモリさんの個人事務所の社長として、金銭管理や裏方業務を一手に担ってきた。
- 毎朝5時半に起きて朝食を作るなど、32年間続いた「笑っていいとも!」を無遅刻で務められた背景には妻の支えがあった。
- 井手春子さんが「エホバの証人」の信者という噂は、別人の「タモリ兄弟」との混同による誤情報でガセネタ。
- 夫婦は赤塚不二夫宅や写真家・浅井慎平さんのスタジオに居候していた時期もあり、売れない頃から二人三脚で歩んできた。
- 「笑っていいとも!」終了の背景には、両親の介護などで体調を崩した井手春子さんとの時間を増やしたいというタモリさんの思いがあったとされる。
- タモリさんの夢は、自分のヨットで井手春子さんと世界一周旅行をすることで、「エーゲ海の夕日を見せてあげたい」という口癖もあった。
- 過去にクラブ勤務の女性や脚本家・中園ミホさんとの不倫疑惑が報じられたが、決定的な証拠はなく真偽不明の噂レベルにとどまっている。
- タモリさん夫妻の間に子供はいないと公言しており、「自分が子供なので親父になる責任が持てなかった」と語ったことがある。
- 一方で長く不妊治療にも取り組んでいたとされ、「自分の手料理をたくさん食べてくれる息子が欲しかった」と本音をのぞかせたこともある。
- 実の子供はいないものの、草なぎ剛さんとは親子のような深い絆があり、正月に一週間ほどタモリ宅に泊まるなど家族同然の付き合いを続けている。
- 「タモリに娘がいる」という噂は「ヨルタモリ」でのキャラクター設定が原因で、実際には娘はいない。
長年支え合ってきた夫婦だからこそ、晩年は互いの健康や時間を最優先にして過ごしていることがうかがえますよね。
これからも、タモリさんと井手春子さんが穏やかで幸せな時間を重ねていけると良いですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。